東京高等裁判所 昭和36年(う)384号 判決
被告人 川口福蔵
〔抄 録〕
所論は、被告人は黄色線までは許可を受けないで使用できると信じていたもので、且つそう信じたことにつき過失もなかつたのであるから、被告人は本件につき犯意がなかつたものというべく従つて刑法第三八条第一項の規定により無罪であるのに、原判決が同条第三項を適用して有罪としたのは法令の適用を誤つたものであるという。よつて本件記録を精査して按ずるに、被告人が商品台を張り出していた先端附近に、黄色の線が引かれていた事実は、これを窺い得ないではないけれども、道路交通取締法、道路交通取締施行令、東京都道路交通取締規則等関係法令を調査するも、公安委員会ないし警察署長において、道路の一部につき、一般的に許可なしで私用に供することができる区域を設定し、これを黄色線で以つて表示することができる旨の規定は何等存しないし、本件記録に徴しても、所論の黄色線が、所論のものによつて、所論の如き趣旨の下に引かれたものであるとの事実は、これを認めるに足らず、されば、被告人は許可を要するのに、之なしで、原判示の道路の一部を使用していたものといわざるを得ないところ、原審証人石井好男の尋問調書並に原審第二回公判調書中被告人の供述記載等に徴すると、被告人は、本件犯行の日の午前、巡査石井好男が、被告人方店先において、被告人の妻に対し、無許可使用を理由に、原判示の商品台等の撤去を命じた際、奥に居てこれを聞き知つていた事実が窺えるので、それ以前のことはしばらくおき、少なくも、右以後は、当然、許可なしには原判示の部分を使用できないことを認識していたものと解すべく、従つて被告人が本件犯行当時、所論の黄色線までは許可なしで使用できると信じていたとは到底認め難い。のみならず、道路の無許可使用の罪が成立するために必要な犯意としては、許可を受けないで道路を使用していることの認識があれば足り、それ以上許可を要するとの認識までは必要でなく、従つて許可を必要とするかどうかの点について錯誤を生じ、許可を要するのに、その要がないものと誤信したとしても、その錯誤は、所謂、法律の錯誤にすぎず、犯意を阻却するものではなく、しかしてこのことは、その錯誤の原因が、所論の如き事情によるものであるとしても、結論を異にするものではない、と解するのが相当であるから、仮りに、被告人に所論の如き錯誤が存したとしても、それを以つて、本件犯意を阻却するとなすには足りない。してみると被告人は本件犯行につき、犯意を有していたとなすに充分であり、これと結論を同じうする原判決は正当であり、所論は畢竟独自の見解にすぎない。論旨はその理由がない。
(渡辺好 目黒 村上)